不登校だった頃、ラジオが流れていたある一日の生活

スポンサーリンク
スポンサーリンク

どうも、ヤニドレイです。

このタイトル通り私は不登校を経験してます。

中学一年生の夏休み明けから不登校になり、11月ごろに転校し、転校先では学校へちょくちょく行ったりしましたが、休みがちとなり。三年生のころに至っては三日しか行ってません。

正直、私自身の体験の不登校を記事にするのは悩みました。

思い出が数えるほどしかありませんのでブログの記事にできることがあまりないないなと思って……。

特に言っておきたいことは、今不登校で悩んでいる人(親御さん含む)を応援したり、励ましたりする記事とかにはならないと思います。

一日の体験や、心理状況をつらつらと書くことになると思います。

それと、この記事では不登校の原因、不登校で得たもの、などは特に書きません。

それでは本題に。

不登校時代のささやかな楽しみ

外出すると同級生に会うのが怖いので、基本的に家にいました。

家では主に読書、そしてラジオを聞いてました。

親からネットとゲームは取り上げられていたので、する機会はなかったです。今思えば噛り付いてやっていたと思うので親の判断はいい判断だと思っています。

ラジオですが、基本流しっぱなしにしていました。一日中です。寝る時もです。

基本昼夜逆転していて、ラジオを聞きながら午前11時頃に起床。

当時放送されていた笑っていいとも!を見ながら朝食を取り、その流れで午後のロードショーで洋画を鑑賞し、部屋に戻りラジオを聞きながら読書、夕飯まで部屋にいました。

深夜0時50分過ぎは一日で一番の楽しみが待っています。

所謂深夜ラジオです。深夜1時から始まります。

TBSラジオは芸人がメインのJUNK。ニッポン放送は有名なオールナイトニッポン。

この時間帯はよく声を出して笑っていました。今考えると、深夜ラジオでいい感じに現実逃避できていたのかもしれません。

今振り返る当時の心境

生活だけ見れば呑気に不登校、引きこもり生活を謳歌している形ですが、当然心情的に悩みや不安はありました。不登校で無いわけありませんよね。

世間一般的な考えでは、行かなければいけない場所なのに行くことを拒否しているこの状況、社会からかなり怒られている感覚がありました。

悩みや、不登校の原因は十人十色で、ここでは明かしませんが私が学校へ行けなくなった原因は複数の要因が重なるのですが、不登校中の10代の自分に、今の30代前半の自分からアドバイスをするとすれば、「恋愛と勉強と運動はしてほしい」ですかね。

不登校から数十年後……。

統合失調症を患いましたが、完解に近く無事社会人として働いてます。

そして外出大好き人間となり、用事がないにもかかわらず外出を頻繁にするようになりました。

ただ、今でも睡眠時に見る夢があります。

学生服を着て、授業を受け、名前のしらない同級生と談笑している十代の自分です。

オカルトの話になりますが、これは不登校にならなかったパラレルワールドの自分なのかなと。

ただ、人生は当然やり直せないので、今までの過去の自分を受け入れて未来の自分が今現在の自分を思い出して、あの時こうすればとか思わないように精一杯に生きようと思います。

タイトルとURLをコピーしました